AIによる自動化、革新的なSaaSプロダクト、新しいビジネスモデル——。 AIスタートアップのCEOや開発者は、日々「技術」と「プロダクト」そのものに情熱を注いでいます。優れたコード、革新的なアルゴリズムこそが競争優位の源泉だと信じ、開発を急ぐのは当然のことかもしれません。
しかし、成功しているAI自動化CEOほど、技術開発と同時に、あるいはそれよりも先に、ある「地味な作業」を最優先します。
それが「商標登録」と「ブランド防衛」です。
なぜ、まだ世に出ていないプロダクトの「名前」を守ることに、貴重な時間とリソースを割くのでしょうか?この記事では、技術志向のリーダーが陥りがちな罠と、AI時代だからこそ「商標」が経営戦略の核となる理由を解説します。
「技術が最強」という幻想:AIスタートアップが陥る罠
「プロダクトさえ良ければ売れる」 「名前なんて、後からどうにでもなる」
これは、特にエンジニア出身のCEOが抱きがちな幻想であり、同時に最大の経営リスクの一つです。
開発に没頭し、ローンチ直前で「サービス名が使えない」悪夢
想像してみてください。 数ヶ月、あるいは数年をかけて、革新的なAI自動化ツールを開発。完璧なUI、高速な処理速度。ドメイン(.com)も取得し、SNSアカウントも開設。プレスリリースも準備万端。
いざローンチというタイミングで、一通の「警告書」が届きます。
「貴社のサービス名『〇〇』は、弊社の登録商標第XXXXXX号の権利を侵害しています。直ちに使用を停止してください」
この瞬間、積み上げてきたものの多くが水泡に帰します。
- サービス名の変更(すべてのコード、ドキュメント、デザインの修正)
- ドメインの放棄
- SNSアカウントの削除と再取得
- 顧客や投資家への説明と謝罪
- これまでにかけたマーケティング費用の全損
これが、商標を軽視した代償です。
なぜ技術者は「商標」を後回しにしがちなのか
技術者は、目に見える「機能」や「性能」を重視する傾向があります。一方、商標権のような「権利」は目に見えず、抽象的です。
また、「まだ成功もしていないのに、名前の権利だけ取っても…」という謙虚さ(あるいは先延ばし)が、致命的な遅れを生みます。しかし、法律(商標法)は、そのプロダクトが成功しているかどうかなど一切考慮してくれません。
AI時代に「ブランド」の価値が相対的に高まる理由
「AIを使っている」ということ自体が差別化要因となった時代は終わりつつあります。今や、AIは手段であり、技術そのものは急速にコモディティ化(均質化)しています。
理由1:AI技術のコモディティ化と差別化の軸
ChatGPT、Gemini、Claudeなど、基盤となる大規模言語モデル(LLM)の性能は拮抗し、オープンソースモデルも高性能化しています。APIを利用すれば、誰でもある程度の高機能なAIサービスを構築できてしまいます。
では、顧客は何を基準にサービスを選ぶのでしょうか? 機能が似ているなら、最後は「信頼できるブランド(名前)」で選ぶことになります。
「あのサービス(名前)なら安心だ」 「〇〇(名前)は、いつも使いやすい」
技術的な優位性が短期間で失われる可能性がある現代において、顧客の頭の中に刻まれた「ブランド名」こそが、最も永続的な競争優位となるのです。
理由2:商標は「早い者勝ち」という絶対ルール(先願主義)
日本の商標制度は「先願主義」を採用しています。 これは、「先にその名前を発明したか」や「先にその名前でビジネスを始めていたか」ではなく、「先に特許庁に出願(申請)したか」ですべてが決まるというルールです。
どれだけ素晴らしいAIプロダクトを開発しても、サービス名を先に出願されてしまえば、その名前を使う権利は(原則として)得られません。悪意のある第三者に先取りされてしまうリスクすらあるのです。
商標は「守り」ではなく「攻め」の経営戦略
商標登録を「コスト」や「守りの手続き」と捉えるのは間違いです。これは、事業の根幹を守り、将来の成長を加速させるための「攻めの投資」です。
ブランド防衛がもたらす3つの具体的なメリット
- 独占排他権の獲得: 自社だけがその名前(ロゴ)を独占的に使用でき、他社の便乗や模倣を法的に排除できます。「ウチが本物だ」と公的に主張できる権利です。
- 信用の可視化: 登録商標には「®」マーク(Rマーク)を付すことができます。これは、国が認めた正式なブランドである証であり、顧客や取引先、投資家に対する強力な信用補完となります。
- 資産価値の創出: 商標権は「無形資産」として、ライセンス供与(他社に使わせて収益を得る)や、売却、M&A時の企業価値評価の対象となります。
リブランディングの甚大なコストと機会損失
もし商標を取らず、後から名前を変更する事態(前述の悪夢)になれば、単なる作業コスト(ロゴの差し替え等)だけでは済みません。
最大の損失は、それまで築き上げてきた「顧客の認知」と「ブランドの歴史」がゼロになることです。これは、AIスタートアップにとって致命傷になりかねません。
AI自動化CEOが「今すぐ」やるべきこと
では、具体的にいつ、何をすべきか。答えは「今」であり、最低限やるべきことはシンプルです。
ステップ1:サービス名の決定と簡易調査 (J-Plat-Pat)
プロダクトの核心的な価値を表すサービス名(または、覚えやすいキャッチーな名前)の候補を3〜5個挙げます。
そして、すぐに「J-Plat-Pat(特許情報プラットフォーム)」という特許庁の無料データベースで、同じ名前や似た名前がすでに登録されていないか検索します。
▼ J-Plat-Pat (特許情報プラットフォーム)
[<https://www.j-plat-pat.inpit.go.jp/>](<https://www.j-plat-pat.inpit.go.jp/>)
ここで類似のものが既にあれば、その名前は潔く諦め、次の候補に移るべきです。
ステップ2:専門家(弁理士)への相談と出願区分の決定
簡易調査で問題なさそうであれば、すぐに商標専門の弁理士(べんりし)に相談します。 商標登録は「名前」と「事業領域(区分)」のセットで出願します。AI自動化ツールであれば、「第9類(ソフトウェア)」や「第42類(SaaS提供)」などが該当する可能性が高いですが、これを素人が判断するのは危険です。
プロ(弁理士)に任せることで、適切な権利範囲を確保し、登録の可能性を高めることができます。オンラインで完結する安価なサービス(例:Toreruなど)も増えています。
ステップ3:開発と並行し、ブランドガイドラインを策定する
商標の出願手続きは、数ヶ月〜1年程度かかります。しかし、「出願さえしてしまえば」(出願日さえ確保すれば)、先願主義の観点からは一安心です。
その手続き(審査結果待ち)と並行して、プロダクト開発を進めましょう。 同時に、確保した名前とロゴを、どう一貫性を持って顧客に届けるか(ブランドガイドライン)の策定も開始すべきです。
まとめ:「名前」は技術と同じ、いやそれ以上に重要な資産である
AI技術の進化スピードは、時にその技術を「コモディティ」に変えます。しかし、顧客の心に深く刻まれた「ブランド(名前)」は、決してコモディティにはなりません。
AI自動化CEOが最優先すべきは、技術開発という「エンジン」を作ることだけではありません。そのエンジンを載せる「車体」であり、顧客が唯一認識できる「名前(ブランド)」を法的に確立することです。
コードを書き始める前に、まず弁理士にご相談ください。

