Rick Ross vs. Drake: BOOM BAP視点から「Iceman」ディスを読み解く
Hip Hopシーンを揺るがすRick RossとDrakeのビーフは、単なるアーティスト同士の個人的な衝突を超え、Hip Hopの根幹にある「オーセンティシティ(真正性)」という価値観を問い直すものだと筆者は考えている。
特に、Rick RossがDrakeのメロディックな歌唱スタイルを「horrendous(ひどい)」と断じ、「Iceman」という言葉で揶揄した一連の流れは、BOOM BAPを愛する筆者にとって非常に示唆に富んでいた。これは、メインストリームで成功を収めるアーティストと、ストリートの「リアル」を重んじるアーティストとの間で、どのような美学の乖離があるのかを浮き彫りにする出来事である。
筆者が主宰するHormonize Recordsでも、BOOM BAPを基盤とした音楽制作を続けているが、今回のビーフは、ビートメイクやリリックの構築において、何を守り、何を表現すべきかという筆者自身の問いに対するヒントを与えてくれたように思う。
Hip Hopの「Beef」とBOOM BAPの価値観
Hip Hopにおける「Beef(ビーフ)」、すなわちアーティスト間の衝突や論争は、文化の黎明期から存在する重要な要素だ。これは単なる悪口の応酬ではなく、リリカルなスキル、フロー、そして何よりも「authenticity(真正性)」を競い合う場として機能してきた。
筆者が特に魅力を感じるのは、BOOM BAPと呼ばれるHip Hopのスタイルだ。BOOM BAPは、1980年代後半から90年代初頭にかけて隆盛を極めたサブジャンルで、重厚なドラムブレイク、ソウルやファンクからのサンプリング、そして緻密なライムと語り口が特徴である。生々しく、飾り気のないサウンドは、ストリートの現実やラッパー自身の哲学をダイレクトに伝えるための最適な媒体として機能してきた。
海外の読者向けに補足すると、日本におけるHip Hop(日本語ラップ)シーンにおいても、直接的なディストラックが米国ほど頻繁に見られるわけではないが、MCバトルやフリースタイルを通じて、リリカルな技量や「リアル」な表現を追求する精神は深く根付いている。筆者が聴くコロンビアやチリなど南米のアンダーグラウンドHip Hopシーンでも、BOOM BAPの硬派なサウンドとメッセージ性が強く支持され、社会批評やストリートの現実を描写するリリックが高く評価されているのだ。
今回のRick RossとDrakeのビーフは、まさにこのBOOM BAPが重んじる「オーセンティシティ」と、現代のHip Hopが持つ多面性、特にポップミュージックとの融合が果たしてどこまで許容されるのか、という問いを投げかけていると言える。
Rick Rossの「Champagne Moments」が突きつけるもの
Rick RossのDrakeに対するディストラック「Champagne Moments」は、まさにBOOM BAP的な価値観の表明だと筆者は捉えている。このトラックでRossは、Drakeの「Iceman」というニックネームを使い、彼の歌唱力や音楽スタイル、さらにはその人格にまで踏み込み、痛烈に批判する。
Rossが「Iceman」という言葉で何を暗示しているかは明確には語られていないが、筆者の解釈では、これはDrakeの音楽が持つ「冷たさ」や「魂の欠如」、あるいは商業的な成功のために「個性を凍らせた」ようなイメージを表しているのではないだろうか。BOOM BAPが「ソウル」や「ヴァイブス」を重視するのと対照的に、RossはDrakeの音楽からそれらの要素が失われていると感じているのかもしれない。
このディスの核心は、単に相手を罵倒することにあるのではない。それは、Hip Hopが「何であるべきか」という美学の衝突なのだ。DrakeがHip Hopの枠を超え、R&Bやポップの要素を取り入れることで商業的な成功を収める一方で、Rossは「Hip Hopの本質」を守ろうとしている。彼のメッセージは、主流の成功を追い求めるあまり、ルーツやストリートのリアリティを見失ってはならない、というBOOM BAP世代からの警鐘であると筆者は受け取った。
ビートメイク的視点から見るリック・ロスのフローとグルーヴ
筆者自身、普段はAKAI MPC XやRoland SP-404 MKIIを駆使してビートを組んでいる。そうした制作経験から見ると、Rick Rossの「Champagne Moments」は、彼の持ち味である重厚なボイスと堂々たるフローが、ディスのメッセージを最大限に際立たせていると感じる。
このトラックのビートは、一般的なBOOM BAPのそれとはやや異なるかもしれないが、Rossのラップが持つ「圧力」はまさしくBOOM BAPの精神を体現している。彼の声はまるで、ヴィンテージのドラムマシンで打ち込まれたキックやスネアのように、聴く者の胸に深く響く。一言一言に込められた重みが、嘘偽りのない「Authenticity Rap」を表現しているのだ。
筆者がビートメイクをする際、最も重視するのは「グルーヴ」だ。ラッパーの言葉がビートの上でいかに生き生きと踊るか、そのためにどのドラムサウンドを選び、どのタイミングでアクセントを置くか。Rick Rossの場合、彼のフロー自体が強力なグルーヴを生み出している。彼のラップは、まるでサンプリングされたかのような、生の質感と力強さを持っている。AKAI MPC Xでハードなドラムを打ち込むように、Rossは言葉を力強く、正確に、そして感情を込めて吐き出す。これが、Drakeのメロディアスなアプローチとは対照的な、BOOM BAPの「魂の叫び」のように筆者には響く。
このビーフを通じて、改めて筆者は自身のビートメイクにおいて、ラッパーの個性を最大限に引き出し、メッセージを明確に伝えるためのサウンドデザインの重要性を再認識した。
こんな人に聴いてほしい
このRick Ross vs. Drakeのビーフ、そしてRick Rossのディストラック「Champagne Moments」は、次のようなリスナーにぜひ聴いてほしい。
- Hip Hopのバトルカルチャーに興味がある人: リリカルな戦いがどのように展開されるのか、その緊張感と興奮を肌で感じられるだろう。
- 「Authenticity Rap」の真髄に触れたい人: ストリートのリアル、アーティストの哲学がどのように音楽に昇華されるかを理解する上で、格好の教材となる。
- BOOM BAPを愛する人、またはその本質を知りたい人: サウンドだけでなく、精神性としてのBOOM BAPが現代のHip Hopシーンでどのように息づいているかを感じ取れるはずだ。
- 音楽の「本物」とは何かを考えたい人: 商業的な成功と芸術的な誠実さの間で、アーティストがどのような選択をするのか、その一端を垣間見ることができるだろう。
筆者自身も、このビーフから、自身の音楽活動において「何が重要なのか」を改めて深く考えるきっかけを得た。表面的なトレンドに流されることなく、Hormonize Recordsとして、そして一人の音楽家として、自分たちが信じるBOOM BAPの道を突き進むことの意義を再確認した出来事であった。
