リード
ゲームをプレイする前に、ツールを作った。
攻略情報を「探す」のをやめて、「整備する」側に回った。趣味の話だが、この判断は仕事でも何度も使っている。
20階で詰んだのはモンスターのせいじゃなかった
友達がやっているのを横で見たことはあった。画面の前でうんうんうなりながら、アイテムを吟味している。「何が楽しいの」と思っていた側の人間が、リマスター版で初めて自分でコントローラーを握った。
わかった。これは知識ゲームだ。
ローグライクと呼ばれるジャンルで、毎回ランダムに生成されるダンジョンを潜っていく。運も絡むが、本質的にはアイテムの識別順と敵の行動パターンへの対処が、クリアを分ける。
20階あたりで死にやすかった。なぜかというと、おおめだまというモンスターに不意をつかれるからだ。同じ部屋にいるだけで混乱させられる——方向感覚を失って自分がどこに動いているかわからなくなる——そういう特殊攻撃を持っている。対策を知っていれば難しくない相手だが、知らないまま遭遇すると一瞬で瓦解する。
問題は、その知識を手に入れる手間だった。
プレイを中断してブラウザを開く。「トルネコ おおめだま 対策」で検索する。サイトをいくつか見る。情報を頭に入れてゲームに戻る。戻った頃には他のモンスターも動いていて、結局また別の問題が起きる。
ターン制だからゲームは待ってくれる。でも戻ってきたとき、頭の中のゲーム状態はリセットされている。「どこに何がいたか」「次に何をするつもりだったか」が消えている。判断の質が落ちる。
情報は存在している。ただ、必要な瞬間に手元にない。それだけの話だった。
ブックマークが増えるほど迷った
最初はブックマークで対処しようとした。
よく参照するサイトを3〜4個まとめて、プレイ前に全部タブで開いておく。「探す時間」は減った。でも「見やすさ」は変わらなかった。
あるサイトは識別手順が詳しいが、敵の出現フロアが載っていない。別のサイトはフロア情報が充実しているが、アイテムの説明が薄い。複数タブを行き来しながら、頭の中で情報をつなぎ合わせる作業が残り続けた。
タブが増えるほど、どれを見ればいいかという判断コストが増えた。
「攻略情報を素早く引ける環境」を作ろうとして、「引くべき情報の選択」という別の問題を作っていた。
ある夜、ブラウザのタブを全部閉じた
4つのタブを開いたまま、少し考えた。
「探す場所を整理する」という方向では、根本は変わらない。情報の散らばり方を変えていないからだ。
方向を変えた。「情報そのものを、自分用に再構築する」という方向だ。
複数サイトに散らばっていた情報を手動とAIで読み込んで、自分が一番使いやすい形に整理し直す。それを単一のHTMLファイルに落とし込む。自分だけが使うための、自分の頭の構造に合わせたツールを作る。
コードを書いたわけではない。ブラウザ版のClaudeを開いて、「こういう情報をこういう構成で見たい」という要件を言葉で伝え続けた。「識別サインをダンジョン種別ごとに切り替えられるようにしたい」「フロア番号を入れたらその階の敵が出るようにしたい」「危険な敵は最上部に別枠で出してほしい」——こういう要望を出すたびにコードが育ち、数時間後には動くツールができていた。
Vercelにデプロイして、スマホで開いた。URLが発行された瞬間、手元に攻略ツールができた。
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2タブに絞った設計の理由
ツールはタブ2つで完結させた。「アイテム鑑定」と「モンスター図鑑」だ。
プレイ中に「調べたくなる瞬間」をリストアップすると、この2つに収まる。手元の未識別アイテムをどう見分けるか。いまのフロアに何が出てくるか。これが素早く引ければ十分だった。
アイテム鑑定は、ダンジョン種別で切り替える設計にした。
トルネコには「ちょっと不思議」「不思議」「もっと不思議」の3ダンジョンがあり、出現アイテムの種類が違う。今攻略しているダンジョンを選ぶと、そこに出る未識別アイテムだけが表示される。杖・指輪・巻物・草の4カテゴリに分けて、各アイテムの識別サインを一覧化した。
「モンスターが2体に増えた→分裂の杖」「HPが半分に減った→もろ刃の杖」という具合だ。見た目が似てしまう組み合わせ——バシルーラとレムオルの区別(消えた方向へ剣を振ってみる)、転ばぬ先とザキの区別(石の罠で試す)——は別枠で補足を加えた。
識別済みのアイテムにはチェックを入れられて、LocalStorageに保存される。タブを閉じても次に開いたとき続きから確認できる。1回のダンジョンが複数セッションにまたがるこのゲームで、これは地味に効いた。
モンスター図鑑は、フロア番号を入れるだけの設計にした。
「20」と打てば20階に出るモンスターが全員出てくる。HP・経験値・ドロップ率・特殊スキルがそろっている。
おおめだま、爆弾岩、ミステリードール——この3体は行動パターンの理解次第でプレイが大きく変わる。だから「要注意」として最上部に別枠表示した。リストの途中に埋まっていたら見落とす。最初に目に入る位置に置く、それだけで情報の届き方が変わる。
デザインはDotGothic16というドットゲームフォントを採用した。レトロゲームとしてのトルネコの雰囲気に合わせた選択で、これだけでゲーム中に開いても違和感がない。
調べることへの意識が変わった
ツールができてから、プレイ中にブラウザを切り替えることがほぼなくなった。
「この杖は何だ」と思ったらツールを開く。「17階、何が来るか」と思ったらフロア番号を打つ。答えは1秒以内に出てくる。
それ以上に変わったのは、「調べることへの心理的な重さ」だった。
複数タブを行き来していたときは、調べること自体が億劫だった。どのタブを開くか、どこを見るか、という判断が毎回乗っかる。それが消えると、疑問を持った瞬間に解決するという習慣に変わる。プレイの密度が上がった。
コードは書いていない、という事実
このツールを「作った」とは言ったが、コードは書いていない。
設計を言語化して、Claudeに渡し続けた。「識別済みチェックをLocalStorageで保存したい」「ダークモードにも対応させたい」——要件が出るたびにコードが更新された。ローカルに開発環境は立てていない。ブラウザだけで完結して、最終的にVercelにデプロイした。
「コードが書けないと個人ツールは作れない」は、もう前提じゃない。何が必要かを言語化できれば、作れる。
この話をゲームで終わらせるつもりはない。
業務でも同じことは起きている。社内規定・過去事例・マニュアルが複数の場所に散らばっていて、必要なときに素早く引き出せない。「情報はある、でも見つけにくい」。その状態を、個人ツールとして解決できる時代になった。
「何が必要か」を言語化する力が、ツール開発の入口になる。
整備してから使う、という順番
攻略情報の話として書いたが、伝えたかったのは順番のことだ。
情報を整備してからゲームを始めた。整備しながらゲームを進めるのをやめた。
仕事でも同じ順番は選べる。プロジェクトに入る前に、必要な情報を自分用に整理する。問い合わせが増える前に、FAQを手元で引ける形にしておく。この順番に変えるだけで、作業中に発生する「途切れ」がなくなる。
整備に使った時間は、最初の1セッションで回収できた。
その後、50階でトルネコから証明の巻物を受け取った。もっと不思議のダンジョンは99階まで潜って、さいごの巻物を手に入れた。
ツールが機能した、という話だ。

